加圧式水鉄砲『Super Soaker』 誕生の秘密

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世界初の加圧式水鉄砲はこうして生まれた!

アメリカで水鉄砲といえば『Super Soaker』(勝手に直訳すれば、『めちゃ、びしょ濡れ』)と言えるほど誰もが知っている水鉄砲です。

パテント加圧式水鉄砲自体、元々はロニー・ジョンソン(Lonnie Johnson)が発明、特許をとった技術です。(元々の理由はまた後で…)

ロニー・ジョンソンは、アメリカの発明家で空軍ではステルスプログラムの開発、NASAではジェット推進研究所でシニアシステムエンジニアとして働き、ガリレオ・プロジェクトなどを行っていた人物で、今では自分の会社を作り、100を超えるパテントを持っています。

大ヒットした加圧式水鉄砲『Super Soaker』

そのジョンソンが1982年に加圧された空気を一度密閉されたタンクに溜めて、水を適時(引き金を引いた時)に押し出す加圧式水鉄砲発明しました。(当時の出願書類の中ではこのサイトでは、シリンジ式と呼ばれる水鉄砲の他のもう一つの圧力を加えた方式としています)プロトタイプではPVCパイプ、アクリルガラス、ソーダボトルなどで作られていました。

それまでのほとんどの水鉄砲は、あまり飛ばない電動式か直接人間の力でダイレクトに水を出していました。しかし、それでは強い指の力(引き金式)や強靭な体力(シリンジ式)が無いと遠くに水を飛ばす事ができませんでした。まだ幼い子供達には、それが不満でした。

1983年に特許出願されて、89年にララミ社が『Super Soaker』を発売しました。83年の出願では本体がタンクとなり、発射された時に連動して電子音が鳴るように設計されています。しかし基本コンセプトは『加圧式水鉄砲』です。

その後何度かこの特許などを引用して、加圧式水鉄砲の特許を包括的かつ広範囲にに出願されています。(CPSやピンチトリガーなど)

なぜこのような外部タンクを持たない構造になったのかは、その当時の水鉄砲業界、おもちゃ業界の流れにさかのぼります。(下に続く)

This NASA Genius Invented the Super Soaker

ロニー・ジョンソン(Lonnie Johnson)が、加圧式水鉄砲『Super Soaker』の発明秘話を話しています。実際のプロトタイプも出てくる貴重なビデオ。


アメリカ水鉄砲業界の暗い過去

戦後、1955年〜70年当時まだ様々メディアでたくさんの軍事ドラマや映画がアメリカではあふれていました。(日本でもたくさん放映されたドラマ『コンバット!』1962〜67、ハリウッドスターがたくさん出演した映画『史上最大の作戦』1962など)

また戦争映画などで撃ち合いを見慣れた影響か、刑事物などアクション映画、ドラマが多くなりました。(『ダーティハリー』1971、『フレンチ・コネクション』1971)

その後も銃の多く登場するコンテンツはテレビで放映、再放送され続けました。その影響で子供達も大人も本物の銃にあこがれを抱いていました。

しかし、当然本物の銃は持てません。そこでEntertech社やLarami社などのおもちゃ会社は、水鉄砲などを含むおもちゃを本物の銃に似せて販売しました。

非常に良くできているので、機関銃など今でもコレクターがいるほどよく似ていました。あくまでも本物の銃に似せていたので、水鉄砲の場合、水はデザイン上本体内または弾倉に蓄える必要が出てきます。

Entertech Water Guns commercial (USA, 1986)
ロニー・ジョンソンとも取引のあったEntertech社のTVCM。多少小型ですが、非常によく似ています。暗いところで見分けるのはかなり困難です。このような水鉄砲が販売されている中での出願だったので、あのような形の加圧式水鉄砲の形になりました。終盤にはゴム製手榴弾まで出てきます。もしかしたらこれがCPSに繋がったかも…

銃社会が起こした悲劇が次々と…

しかし、本物の銃に似せていたために事件、事故が多発します。

銀行強盗でそのまま使われたり、持っていた子供が本物と見間違って撃たれたりしました。特に警官に撃たれる事例が多くありました。

一方ニューヨーク市など事故の多い州では1955年以降、黒、青と銀のおもちゃの銃を禁止していました。州ごとに違うのも混乱の原因でした。

ついには裁判所もたとえ水鉄砲などのおもちゃでも、本物と見間違う様な物を所持していた場合、武装と見なしてもやむを得ないとの判断をします。

ちなみにこの判断は現在の空港保安などでも同じです。
例えおもちゃでも脅せる物は駄目なのです。

その為に急遽(1987年)、水鉄砲などの銃に似たおもちゃを販売していたEntertech社、LJN Toys社は、暗いところでも見えやすいオレンジキャップを水鉄砲の出口に付けます。しかし、先端が見えないと解りません。本物の場合、見えた頃には撃たれてしまいます。特に現場の警官には不評でした。

その後も事件事故が多発、全米の批判をあびておもちゃ業界は縮小。

カリフォルニア州では、1898年(回転式拳銃からガス圧を利用した自動拳銃に切り替わる時期)以降に製造された本物の銃と同じ大きさのおもちゃの販売を、規制する法律まででてきます。

1989年、本物に似ていた水鉄砲を多数販売していたEntertech社は倒産してしまいます。

その結果、生まれたのが光線銃の様な近未来的デザインの『Super Soaker』(初期はPower Drencherの名前)です。

1990年以降のララミ社による『Power Drencher』『Super Soaker』の発売は、
必然だったのかも知れません。

子供達に大人気 !欲しいおもちゃ第1位に!!

近未来的なデザインの加圧式水鉄砲は、あっという間に子供達の欲しいおもちゃ第1位となりました。『Super Soaker』は爆発的に売れて、ララミ社は91年には2億ドルを売り上げました。

その後に世界有数のおもちゃ会社、ハズブロ社がララミ社を吸収してライセンス生産をします。しばらくは両者で製造販売していましたが、その後柔らかい(ナーフ)銃の弾丸?を撃ち出すおもちゃ、ナーフブランドで発売されていて『NERF Super Soaker』として売られています。

ハズブロ社は日本法人を1992年に設立。
その後解散して1998年トミー(現タカラトミー)と業務提携をし日本でも一時期販売されていました。

最近ではロニー・ジョンソンは、2013年にハスプロ社と調停で、$7290万(約73億円)にも及ぶ未払いのロイヤリティーを和解金として勝ち取ったのはあまりにも有名です。これらは主に形などの二次元、三次元的製品に関するロイヤリティーです。この後のお話はこちら

出典 ajc.com nytimes.com isoaker.com Wikipedia YouTube